FUJICO:フジコー

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ハードフェーシングの株式会社フジコー TEL.093-871-3724(代)

FUJICO:フジコー

創業者

(株)フジコーの創業者・山本秀祐は明治39年(1906)、福岡県で生まれました。
昭和4年(1929年)明治専門学校(現在の九州工業大学)を卒業後、大阪の中山薄鉄板(株)(現在の(株)中山製鋼所)、広島の呉海軍工廠製鋼部、山口の林兼重工業(林兼造船)に就職。
この間、4度の召集を経て、戦後は実兄が経営する、(株)山本工作所に入社。
技術者として、また、経営者の実弟として多忙を極めました。
昭和27年(1952)に独立。富士工業所(現(株)フジコー)を創業。
45歳の選択でした。

当時は鋳型(鋳物を鋳造するときに、溶かした金属を注ぎ入れる型)の修理は不可能とされ、破損や亀裂が発生すればすぐに廃棄処分されていました。
山本はこの修理不可能と言われた鋳型において世界初の修理鋳型の公開実験に成功。
事業化に乗り出しました。
当初、経営的には困難を極めましたが、鋼塊鋳型の需要は高く、毎年各地の製鉄所に事業所を開設するほど業績は順調で、高炉メーカー全社から受注するまでに修理事業は拡大しました。

その一方、山本は「鋳型修理はいずれ終わる」と予測。
仕事量が多く、絶対になくならない圧延ロールへの進出を密かに企て研究を始めました。
精密さや強度が鋳型とは比較にならない鋳造ロールの高度溶接技術を学ぶため専門書と格闘。「頭がおかしい」などの声にも耐え昭和30年(1955年)耐摩耗性の高い「特殊鋳かけ肉盛法」の開発に成功しました。

この技術を次第に進化させ、「特殊鋳かけ肉盛法」はやがて(株)フジコーの中核事業になりました。
鋼塊鋳型は製造法の変化で姿を消したからです。昭和41年(1966)黄綬褒章を受章。
「昨日があったから今日がある。今日があるから明日がある」を座右の銘として、自分の仕事は自分つくり、他人の仕事に踏み込まない姿勢を貫きました。

創業者 写真
創業者 山本秀祐
黄綬褒章

昭和41年(1966)黄綬褒章を受章